2022.12.22 (Thu)

Creating Shared Value(CSV)とは

近年、CSVという概念が企業活動に大きな影響を与えています。
これはまさにメディカルアフェアーズの活動そのものであるともいえます。
今回はその理由について、実例と併せて触れてみます。

アメリカマーケティング協会でもProduct-DrivenからHuman-Centricへ

近年、製薬企業はPatient Centricityを掲げ、患者中心の活動を行うということを業界全体としても明言しています。この流れは、アメリカマーケティング協会によるMarketing 1.0のProduct-drivenからMarketing 2.0のcustomer-orientedを経てMarketing 3.0のHuman-centricに移行したⅰ)ことと考え方が近く、企業の考え方がこのように変化してくるのは自然のことであると考えても良いかもしれません。

製薬企業の顧客は医師と患者さん

これまで製薬企業は、治療法が充足されていない領域に対する新薬を開発し、市場に投入、そして、新薬開発のために使った多額の開発費用を市場でできるだけ効率よく短期間で回収するための戦略が中心でした。そのため、市販後の活動は処方権を持つ医師へのアプローチが中心であり、それが最も効率的に開発費用を回収できる方法であったと考えることができます。しかしながら、本来、製薬企業にとっての顧客は医師だけではなく患者も含まれなければなりません。なぜなら、最終的に薬を飲むのは患者さんだからです。しかも、医師と患者さんのニーズは必ずしも一致しないことがわかっていますので、患者さんの声も重視しなければならないはずです。

Creating Shared Valueとは?

近年、ESG投資に対する考え方の高まりや企業経営のサスティナビリティなどの観点から、短期的な財務情報の動きにとらわれるのではなく、中長期的な視点で企業価値を高めていこうという考え方が注目されるようになりました。MAアカデミーの「MA概論」でいつも私はこの話をしていますが、2011年にハーバードビジネススクールの教授であるマイケルポーターとクレイマーらによって提唱されたCreating Shared Value(CSV)ⅱ)という考え方が企業活動に与えた影響は大きいと思います。この考え方は、社会的課題を解決する(社会的価値の共有)ことによって、経済的価値を獲得するというものです。企業はまず、社会的課題を解決することに取り組むことが重要だということです。著者であるPorterらによると、この共有価値とは新しいマネジメント戦略であり、企業が社会的な問題を解決することにより、競合会社と差別化できるビジネスモデルを生み出すことができるとしています。社会的課題の解決と経済的価値獲得を両立させるということです。実際の事例としていくつか論文などにも出ています。

例えば、ノバルティス社は、Arogya Parivarと呼ばれるプログラムを立ち上げ、適切な医療を受けることのできないインドの貧困層を救うための健康増進への取り組みを行っています 。ノボノルディスク社は、糖尿病疾患に対する意識の低かった中国に進出し、医師、患者及び規制当局に協力体制を構築し、中国国民に対する糖尿病疾患の深刻さの理解を浸透させています 。ファイザー社とGSK社は、HIV/AIDS疾患領域に特化したヴィーブヘルスケア株式会社を設立し、抗HIV薬の研究開発に取り組むと同時に、この疾患で苦しむ患者に薬剤へのアクセスを永続的に改善するための取り組みを実施していますⅲ)。一見、これらは赤字プロジェクトと誤解を受けるかもしれませんが、決してそうではありません。このような取り組みを実施することで、将来、各地域あるいは当該疾患領域に、確固たる会社のブランドイメージを確立させることを目的としているのです 。すなわち、社会に価値を提供することによって、その先に経済的価値を獲得しようとするビジネスモデルと考えることができるのではないでしょうか。

メディカルアフェアーズは中長期的な視点で医療課題を解決する

メディカルアフェアーズの取り組みもこのような活動に近いと思います。短期的な財務上の利益獲得を目的とするのではなく、担当する疾患領域におけるUnmet Medical Needs(UMN)を捉え、その解決をしていくことで医療課題を解決し製品の価値を高めようとするものです。UMNは、短期的な方策では解決が難しいことが多く、製薬企業の場合には、臨床研究という形で解決される場合も多いかと思います。臨床研究の結果が出るまでに数年はかかってしまうので、中長期的な目線で考えることは当然でしょう。つまり、このような点においても、メディカルアフェアーズは短期的な視点で活動する部門ではないということが言えるかと思います。これを理由に、マーケティング部門と仲が悪いという話や相談をたびたび受けることがありますが、これは勿体ない話だと思います。マーケティング部とは常にコンセンサスを得て互いに納得して進めていくべきと思います。それぞれの役割を理解し、互いに力を合わせることは、先に説明した社会課題の解決と経済的価値の獲得を両立させる意味で大変重要であると思います。

ⅰ)Philip Kotler, Hermawan Katajaya, Iwan Setiawan, Marketing 5.0: Technology for Human 2021より一部変更して抜粋
ⅱ)Michael E. Porter and Mark R. Kramer (2011). ‘’Creating Shared Value’’, Harvard Business Review, 89(1/2), 62-77
ⅲ)N. Craig Smith (2016): "From Corporate Philanthropy to Creating Shared Value: Big Pharma’s New Business Models in Developing Markets", GfK Marketing Intelligence Review, Vol. 8, No. 1 (May), pp. 30-35

ライター

田中 弘之
シミック・イニジオ株式会社 執行役員  メディカルアフェアーズカンパニー カンパニー長
田中 弘之
製薬企業にて、創薬研究、マーケティング、メディカルアフェアーズ部門を経験後、当社においてメディカルアフェアーズ事業を設立。 製薬企業メディカルアフェアーズ部に対し、コンサルティングを中心とした包括的サービスを提供している。 これまで、20社を超える製薬企業にコンサルティングを実施した実績を持つ。 メディカル戦略プランの立案、コンピテンシー理論を用いた育成プラン立案、インサイトを活用した効果的な戦略立案、Patient Journey理論、MSLエンゲージメントプラン立案などを得意とする。
製薬企業にて、創薬研究、マーケティング、メディカルアフェアーズ部門を経験後、当社においてメディカルアフェアーズ事業を設立。 製薬企業メディカルアフェアーズ部に対し、コンサルティングを中心とした包括的サービスを提供している。 これまで、20社を超える製薬企業にコンサルティングを実施した実績を持つ。 メディカル戦略プランの立案、コンピテンシー理論を用いた育成プラン立案、インサイトを活用した効果的な戦略立案、Patient Journey理論、MSLエンゲージメントプラン立案などを得意とする。