2023.01.13 (Fri)

Patient Centricityとは何なのか?

近年、製薬企業をはじめとした多くのヘルスケア関連企業が、Patient Centricityという言葉を掲げるようになりました。言葉の意味は「患者中心」であり、企業としては、「患者に焦点を当てた企業活動」を指していると思われます。一見、当たり前のような言葉ですが、なぜことさらに、企業メッセージとして掲げるようになったのでしょうか?そして、Patient Centricity活動の目指すべき方向はどこなのでしょうか?
本コラムでは、製薬業界に焦点を絞ってお話したいと思います。

Patient Centricity にある背景

まず、製薬業界全体が、Patient Centricityを掲げるようになった背景について考察したいと思います。色々なところで言われることですが、近年、医薬品の開発パイプラインが変化していますⅰ)。かつては、生活習慣病のような、患者が多数存在する疾患に対して、新たな医薬品が次々と開発されていました。当時、一人一人の患者の声を聴くよりも、処方権を持つ医師から「感触」や「使い勝手」を聴取することが、重視されてきたことは否定できないでしょう。確かに、そちらの方が効率は良いでしょうし、実際に、それによって多大な利益を得てきました。しかし現在では、このようなやり方だけでは思うような利益を得られなくなった、というのはよく耳にするところです。

それと同時に、最近は、より希少な疾患に焦点を当てた医薬品開発が活発になっています。希少疾患の場合、患者数は少ないですが、その分、治療薬の薬価が高い傾向にあります。そのような環境では、患者一人のことを深く知ることが、今まで以上に価値をもつという側面があります。

患者と医師の関係性の変化も、影響を与えていると考えられます。近年、古典的なパターナリズムを目にする機会は減り、患者が自分の治療について意見を述べ、意思を決定していく場面が増えています(もちろん、十分できているとは言えないかもしれません)ⅱ)。そのような環境では、患者が疾患や治療に対して、適切に理解をすることが不可欠です。医療・科学の不確実性を伝えつつ、正確な医療情報を理解しやすい形で提供することが、より一層求められます。

製薬企業が注意しなければならないこと

製薬企業が患者を第一に考え、企業活動を行っていくことは、持続的な社会を築く上でも極めて重要だと思われます。ただし、医療用医薬品を製造販売する企業の場合、いわゆる「広告規制」に注意をしなければなりません。医薬品等適正広告基準ⅲ)において、「医師若しくは歯科医師が自ら使用し、又はこれらの者の処方せん若しくは指示によって使用することを目的として供給される医薬品及び再生医療等製品については、医薬関係者以外の一般人を対象とする広告を行ってはならない。」と定められています。患者に対して、自社の医薬品のことを意図的に明示することはもちろん、暗示することも規制の対象となりえます。ただ、情報提供そのものが禁じられているわけではなく、疾患啓発などは公益性を有することであり、重要な活動であると言えます。

価値のあるPatient Centricity活動を目指して

「Patient Centricityとは何なのか?」という問いは、実は非常に難しい問いなのかもしれません。ともすれば、「患者代表を呼んで、話を聴けばよい」となりがちです。患者やその家族などの当事者の声を聴くことは、極めて重要なステップですが、それで終わってしまっては、あまり価値ある活動だとは言えないでしょう。当社としては、「患者にとっての利益は何か?」を考えた上で、自社が持つ専門性を生かし、課題解決につながるアウトプットを出すことが、目指すべきPatient Centricity活動だと考えます。加えて、企業として活動するためには、患者だけでなく自社にとっても、(長期的な)利益につながることを示すことが求められます。別のコラムで既に述べてある通り、Creating Shared-Value (CSV) の実践を戦略的に取り入れることが重要であると考えています。

「Patient Centricity活動といっても何をしてよいかわからない」、「規制やコンプライアンスが厳しくて何もできない」という声を耳にします。当社としては、そのような状況を変えるべく活動を始め、Patient Centricity Forumを通じて、患者との協働を呼び掛けてきました。今後も、患者と企業がともに課題を解決し、互いに成長していくような取り組みを実施して参ります。

ⅰ)日本産業政策研究所:医薬品開発パイプラインのモダリティと適応症に関する調査.政策研ニュースNo.62.2021年
ⅱ)患者の望みを支える「患者主体の医療」実現のための研究会:患者の望みを支える「患者主体の医療」実現のための研究会報告書.2021年
ⅲ)医薬品等適正広告基準の改正について.薬生発0929第4 号.平成29年9月29日

ライター

越田 隆介
シミック・イニジオ株式会社 メディカルアフェアーズカンパニー メディカルソリューション部 マネージャー
越田 隆介
医師、医学博士。専門領域は糖尿病。大学教員を経て、当社に入社。製薬企業のメディカル部門でMSLおよびパブリケーション業務を経験。現在、患者と協働しながら、営利企業による”Patient-Centricity”を実践している。そのほか、医師との科学的議論に関する方法論や、臨床研究関連法規に関する解説など、製薬企業社員向けに研修コンテンツを提供している。
医師、医学博士。専門領域は糖尿病。大学教員を経て、当社に入社。製薬企業のメディカル部門でMSLおよびパブリケーション業務を経験。現在、患者と協働しながら、営利企業による”Patient-Centricity”を実践している。そのほか、医師との科学的議論に関する方法論や、臨床研究関連法規に関する解説など、製薬企業社員向けに研修コンテンツを提供している。